「東京新聞」鎌田慧 : この映画の主張は「患者が選択する」だ

本音のコラム 鎌田慧「がんを育てた男」

 がんで死んだ友人。がんになったけど生きている友人。日本人の二人に一人が患い、三人に一人が死ぬ、という。がんは見慣れた風景となった。
 知人の映画評論家・木下昌明さん(78)は四年前、肛門にがんが発見され、手術しなければ余命半年から二年と宣告された。前立腺もばうこうもそっくり削り取る、骨盤内臓の全損手術が医師の提案だった。長身飄々、自転車で都内を駆けまわっていた木下さんも、さすがに動揺する。手術に十時間を費やすという。
 彼は小型のビデオカメラで、医師との対話を録画していた。それとCT(コンピューター断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像装置)、PET(陽電子放射断層撮影)などの検査画像を編集して映画をつくった。
 転んでもただでは起きない、ドキュメンタリー精神だ。タイトルは『がんを育てた男』。セカンドオピニオンとして、『患者よ、がんと闘うな』で知られる近藤誠医師を訪ねると「育ててみてはどうか」と言われ驚く。しかし、受けいれた。
 この映画の主張は「患者が選択する」だ。選択の連続が実存だ。木下さんはQOL(生活の質)を優先して、臓器を丸ごと切除する外科手術第一主義に抵抗。「放射線治療+抗がん剤」で、がんを消すことに成功した。
 「死を意識すると緊張が走るね。生きる時間を意識できる」と言う。同感だ。(ルポライター)
*「東京新聞」2016年9月13日